EQ『ノーブルゴールの追求』ー自分の道を切り拓くためにー

自分のための自分の目標は?

米国Six Seconds社の8つのEQコンピテンシーの1つに『ノーブルゴールの追求』と言うものがあります。
「私はこういう人間でありたい」といった明確なイメージを持ち、そのノーブル(noble=崇高な)ゴールに向かって進む、追求すること。そのために、日々の生活の中で、感情と思考を適切にブレンドしながら、自分がとるべき行動を選択していく、いわば人生の”拠り所(よりどころ)”ともいえるコンピテンシーです。
ただ、そういった『崇高なゴール』を掲げ、日々意識して生活している人は、それほど多くはないように思います。

私自身、社会人になったばかりの頃に「自分の人生目標は?」など考えてもいませんでした。学生時代には決められた時期に試験や学校のイベントがあったり、部活では成果を残すための試合や発表会があり、いつも何かを目指していませんでしたか?しかし、企業に所属すると、決算の節目や業績目標はあるものの、それは会社のために設定されているものであり、個人の人生目標や計画ではないのです。
今まで誰かが決めてくれていた自分の目標を、これからは自分で設定しなくてはならない。本当の意味での「自立」が始まるのです。

 

目標は漠然としていてもいい

さて、「自分の目標は自分で設定しないといけない」と気づいたものの、いったいどんな目標を設定すれば良いのか全く思いつきませんでした。
入社して最初の配属は外回りの営業で、「習うより慣れろ」と言われ、先輩に同行しながら、見よう見まねで営業する中、考えることと言えば「最初のボーナスが出たら何をかおうか」「最初の夏休みはどうやってすごそうか」など、”目標”とは程遠いことばかりでした。

そんなある日、父が「お前はなんでそんなに楽しそうに会社に行くんだ?お父さんなんか、営業が嫌で嫌で会社に行きたくなかったけどな。」と、不思議そうに言うのです。
新人の時に営業を経験した父の目には、私が楽しそうに仕事をしていると映っていたようです。
確かに、外回りの営業をしていると逃げたくなる場面も何度かありました。
情報管理が厳しくない時代でしたから、色々な企業に入り込むことは容易で、執務中の社員に声をかけることができました。でもある日、手持ち無沙汰な様子で座っている社員に声をかると、先輩と思われる女性が飛んできて「この子は新人なんだから、しつこく勧誘しないで!」と厳しい言葉を投げられたのです。話しかけ始めた直後だったので、「しつこい」と言われたことがショックで、身体が一瞬硬くなったのを覚えています。
また別の日には、許可を得て執務室に入っているのに事情を知らない役席者から「なんだお前、何してるんだ!」と指をさされて怒鳴られ、泣きたい思いで「申し訳ありません!」と頭を下げて部屋を出てきたこともありました。
しかし、そんな経験をすればするほど「いろんな会社があるんだなぁ」「私は入社して2カ月なのに営業をさせてもらっている。手持無沙汰にしている新人より恵まれてるなぁ」などと、仕事を通じて気づきがあり刺激的だったのです。

父は営業職の辛さを知っていましたし、母は汗をぬぐいながら炎天下を歩く娘を想像して不憫に思っていたようでしたが、私が毎日楽しそうに職場に向かう姿を見て安堵したようです。
そしてそんな娘を「弱音を吐かずに頑張っている」と、知人に誇らしげに語っている様子を見て、私は「よし!どんなことがあっても3年は辞めないぞ!」と思ったのです。
当時、一般的に「女子社員は採用してから3年働いてくれないと元が取れない」などと言われていましたから「まずは3年」でした。
そして「もし3年勤められたら5年は辞めない。もし5年勤められたら7年。7年勤められたら10年」という、なんとも漠然とした自主目標を立てたのです。
不思議なもので、そう考えた途端、妙な緊張から解放され、多少の出来事は割り切って考えられるようになったのです。

自分の”拠り所”を見つけよう

これから自分に何が起きるかわからない中で、具体的な目標を立てるということは簡単ではありませんが、何が起きるか分からないからこそ、自分の感情の”拠り所”となる目標を持つことが必要だと思うのです。
私は「3年は辞めない」という、漠然とした目標からスタートし、5年、7年、10年と勤務を続ける中で、その時々の生活環境に応じて、より具体的な目標を掲げてきました。
そして50歳の節目で、また漠然と「定年は自分で決める」という目標を立て、その目標に向けて準備を始めてから3年後、31年勤務した会社から独立しました。

「あなたのノーブルゴールは何ですか?」と問われた時、人が唸るような立派な事や、綺麗な言葉で表せなくても構わないのです。
大切なことは、たとえ漠然としていても、くじけそうになった時に”拠り所”になる「私はこうありたい!」と言う姿をイメージすることではないでしょうか。

 

株式会社感性労働研究所
宮竹直子