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EQ『感情リテラシ―』ー物事は捉え方次第で寛容になれるー

やり場のない感情

もう20年以上前のことでしょうか。家に帰ってから、ほぼ毎日、母からの留守電を聞いていた時期がありました。
日中一人で家にいる母は、話し相手がなく、私の家に電話をすることで気分を紛らわしていたのかもしれません。だんだん年老いていく母の連絡手段として、携帯電話を持ってもらったのはその頃です。メールの使い方も覚えてもらいました。
携帯を持つようなってから、母からの留守電はピタッと止まりました。何かあるとメールをしてくるようになったのです。メールであれば、私も休憩時間に返信することができて好都合でした。
そして今、間もなく90に手が届く年齢になった母は、周囲が驚くほどレスポンスが早く、絵文字がたくさん入った楽しいメールを送ってくるようになりました。

しかし携帯を使いこなしはじめた当時、私にとって困ったことが起きたのです。
日中はメールでやりとりしているものの、私が帰宅する時間を見計らって電話をかけてくるようになったのです。携帯は固定電話と違い、私が移動中でも会話ができる上、「通話料無料だから」という私のひと言も手伝ったのでしょう。夜の10時過ぎになると毎日のようにかけてくるようになりました。

勤務先ではさまざまな会議や取引先の方々との打ち合わせがあるので、帰宅した後は一人の時間を静かに過ごしたい、と思っていた私は、携帯が鳴って画面に出てくる母の顔写真を見るとウンザリするようになっていったのです。“あ~ぁ、またお母さんの話しを30分聞かなきゃならないんだぁ”

そんな気持ちで電話に出るので、母には私の声が暗く聞こえたかもしれません。そして、早く切りたいという気持ちから、気のない返事をしたり、こちらからいろいろと聞き出そうとするようなこともしませんでした。自分でそういう態度を取っておきながら、電話を切った後には“もう少し明るく話しを聴いてあげればよかった…”と、なんともやり場のない気持に襲われたりしたものでした。

自分の感情を整理する

ちょうどその頃、私はEQ(心の知能指数)に出会いました。
EQ(心の知能指数)では、まず自分自身を知ることからスタートします。
この自己認識には、「感情リテラシー」 「自己パターンの認識」という2つのコンピテンシーがあるのですが、特に「感情リテラシー」と言う“感情の読み書き能力”が大切であることを学びました。
感情の読み書き能力…つまり、自分は今どんな感情なのか、そしてその感情はどこからくるのか、なぜそのような感情になっているのか、などと自身に問いかけ、それを説明できるようになることが大事であるということを学び、実践したのです。

夜かかってくる母からの電話に、ため息をつきながら出てしまう理由は「ひとりで過ごしたい時間を奪われるという心理から」。電話で話した後のやり場のない気持ちは「母が私と話したいという思いをわかっていながら、やさしくできない自分に苛立ちを覚えているから」。
そして次に内省する(自分の状況を客観的に冷静に顧みる)と、「母の声が聞けるというのはありがたいことではないか」「でも疲れている時の長話は辛い」「母に冷たく接するのは私の本意ではない」…などなど、自分の感情を、頭の中で読んだり書いたりしていったのです。

私が出した結論は「そうか、自分から電話をかければいいだけじゃないか」でした。
単純な答えでしたが、それまでは“夜遅い時間にかかってくる電話を減らしたい”と悶々と考えていた私にとっては、目からウロコのような結論でした。

会社を出てから帰りの電車に乗るまでの時間を使って、こちらからかけるようにしたのです。

「お母さん? 私、今仕事終わったところ。今日何か変わったことあった?」そして5~10分ほど話すと、ちょうど電車が到着するので「あっ、もう電車が来ちゃった。じゃぁ乗るね。お母さんも早く寝てね」、そして「おやすみなさい」と言って電話を切るのです。

母も私の声を聞き、安心して休んだことでしょう。そして私も、母の声の様子で今日の体調はどうだろうと、落ち着いて感じ取ることができるようになったのです。
感情を整理し、その感情を上手くナビゲートできると、こんなにも寛容になれるものなのか、と感じた出来事でした。

物事は捉え方次第で寛容になれる

日常の些細なことでも、一方向だけで物事を捉えていると、抱えているストレスの原因が相手側にあると思い込んでしまうかもしれません。
パソコンが普及し「漢字が書けなくなった」とぼやくことがあるように、感情も日頃から読み書きしていないと、正しい判断ができなくなってイライラしたり、情けなくなってしまうこともあるでしょう。
そうならないためにも、自分の感情と向き合い整理する習慣を身につけたいものです。

もしかしたら、自分自身の感情の中に、真のストレッサーが潜んでいるかもしれないのですから。

感性労働研究所 宮竹直子