【共感力の連鎖】
4~5歳の男の子が、買い物袋を手にしたお母さんに向かって「ママ、重たいでしょ。僕が持ってあげるよ」と言いました。
お母さんは笑顔で「ありがとう。大丈夫よ」
ずいぶん昔、商店街を外れた小路で見た光景です。
当時はEQという言葉を知りませんでしたが、子供と母親の心和む会話は、まさにEQが発揮されている場面だったと言えるでしょう。
大きくて持てるはずのない荷物を、自分が替わって持とうとする息子に、つい「無理よ。持てないわよ」と笑い飛ばしてしまいそうなのに、幼い息子の気持ちを嬉しく思い、心から「ありがとう」と言った母。男の子にも、その母の気持ちが通じたに違いありません。
その光景を見た時、“あの子は、互いを思いやる環境の中で育っているのではないだろうか”と思いました。
想像の域を出ませんが、家庭で普段交わされている父親と母親との会話や、祖父母を労わる思いやりのある行動など、身近な大人達のコミュニケーションから相手の状況を汲んで、自分が取るべき行動を選択することを学び、自然に身に付いた言動だったのではないかと思ったのです。
あの時の男の子も、今は父親になっているかもしれません。
そして母親は今、幼い孫から温かい言葉をかけられているかもしれません。
【共感力の活用】
私たちは年齢を重ねるうちに、自分の経験や常識と照らして持論を展開したり、相手を諭そうとしてしまうことがあるように思います。
「仕事が行き詰っている。辛い。辞めたい」と打ち明ける部下や同僚に「誰にでもそういう時はあるよ。僕だって…」と、自分のことを話し始め、”だからあなたも乗り切れる”と励ましたり、また、いきなり「辞めてどうするの?」「世の中そんなに甘くないよ」などと叱責するかもしれません。どの反応も悪気はありません。相手のことを思っているからこその言葉です。
しかし、打ち明けた側の気持ちは整理されるでしょうか。スッキリするでしょうか。そして、「辞めたい」という気持ちが消えていくでしょうか。
私が以前コーチングをしていた男性から「転職を考えているが…」と、気持ちの迷いを相談されたことがありました。
ある程度の地位にあり処遇も保証されています。転職先の企業は今よりも規模が小さく、これからの課題も多いようでした。傍から見れば転職する理由が見当たらないのですが、彼にはいろいろな思いがあったようです。
その思いを聞き出した後、私はこう質問をしました。「転職をして1年後に〝失敗した”と感じるのと、転職をせずに今の状況を続けて〝あの時転職をしていれば”と思うのと、悔いが残るとしたらどちらの方ですか?」
彼は「あの時転職をしていれば、と思うと悔いが残ります。もし転職が失敗しても、それは自分が選んだ道なので、悔いは残りません」と即答しました。そして決断を下しました。
あれから5年。彼は今、転職先で活き活きと仕事をしているようです。
悩みを打ち明けられても、私たちが最後まで責任を持てるわけではありません。自分が上手くいった事が、誰にでも上手くいくとも限りません。
自分の考えや経験はさておき、打ち明けてくれた本人が「何をなやんでいるのか」「どのようなことが不安なのか」を聞き出してあげることが、〝共感”の第一歩です。
そして、相手の心情が見えてきたら「私に求められているものはなんだろうか」「私ができることはなんだろうか」と考えてみることだと思います。
米国Six SecondeのEQコンピテンシーの中に共感力の活用というものがあります。
単に〝共感する”ではなく〝活用する”のです。
共感力の活用とは、相手に同情して何かを与えようとするものではありません。
『周囲の人の感情を理解し、適切に対応すること』(シックスセカンズ「共感力の活用」より)
『共感の最初のステップは、周囲の人のプラスとマイナスの感情に気づき、その人たちの経験を純粋に気遣うことから始まります』(同)
相手の状況を見たり聞いたりしたときに、その心情を汲み、相手のために私が出来ることは何かを考え、そして必要とされた時には動く準備があるという姿勢でいることではないでしょうか。
幼い子供が何のためらいもなく言った「ママ、重たいでしょ。僕が持ってあげるよ」
それが無理なこととわかっていても、その思いを温かく受け止めた母の「ありがとう。大丈夫よ。」
まさに、この共感力の活用が、“相手に寄り添う”ことだと思うのです。
感性労働研究所 宮竹直子