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大切なものはなんですか

とある経営者との対話にて

経営者の方向けに「対話の時間®」という仕事をしています。主に中小企業の経営者の方々と毎月、あるいは2ヶ月に一度程度の頻度で対面もしくはWeb上で1~2時間ほどお話をするという仕事です。コーチングとも違い、ただただ話を聞いているという仕事になります。

とある経営者さんとの対話の時間での出来事をご紹介します。
いくつかの小売店を経営されている2代目経営者のAさんは、頭の回転が速く、行動力もあります。斬新な発想で改革を進め、少々停滞気味だったビジネスを伸ばしている最中でした。業績は右肩上がりで言うことないという状態に見えますが、何か今一つな感じとのこと。

色々とお話しを伺っても
・業績は右肩上がりで順調に推移している
・手掛けている改革も上手くいっていて心配はしていない
と業務は順調そのものの様子です。

しかし、ゆっくりと時間をかけて話を聞いていくと意外なことが発見されました
・社員は指示に従ってよくやってくれている
・しかし、なんというか違和感がある
・社員と一緒にやっているように感じられない
・社員の気持ちが離れていっているように思えてならない
・このままだといつか社員がみんないなくなってしまうのではと不安に感じている

業務自体は何の問題もないのですが、社員との関係性や社員の気持ちのありように不安を感じていらっしゃることが分かってきました。

必要なことを必要なだけ話せば十分

「社員さんとコミュニケーションをとっていますか」とお聞きすると、「とっています」とのお答え。どのようなコミュニケーションをとっているかを更に深く聞いたところ、ほとんどが業務上の指示、命令、指摘、フィードバックなどに思えました。社員さんから聞いているのも報連相と質問がほとんどのようでした。

指示命令や報連相もコミュニケーションの一種には違いありません。でもそれだけというのはいかがなものでしょうか。
相手が指示通りに何の疑問や不満も抱かずに動いてくれる機械であるならば、そのようなコミュニケーションで十分なのかもしれません。しかし、相手は人間です。人間は必ずしも論理や合理性だけで動くわけではありません。「頭では分かっているけれど、なにかイヤだ。釈然としない」という経験は誰しもおありだと思います。

Aさんにご家庭や友人とのコミュニケーションについても伺ってみると、雑談や世間話というような(Aさん曰く)「どうでも良い話」は普段から皆無とのことでした。「素っ気無い」「事務的」なコミュニケーションと評価されることが多いようですが、本人は特に気にしていないとのこと。
「必要なことを、必要なだけ話せば十分じゃないでしょうか?」それがAさんの基本的なコミュニケーション感のようです。

真のコミュニケーションとは

Aさんに数日前の具体的なビジネスでの社員とのやりとりを思い出してもらうためにインタビューしてみました。

一連のやりとりを伺った後で
「相手はなぜそのような言動をしたのでしょうか」
「自分はなぜ、そのような反応をしたのでしょうか」
「その時に、どのような気持ちでしたか」

などを問いかけても、「分からない」「覚えてない」という回答でした。恐らく普段から相手の気持ちを鑑みるという習慣がない(あるいは少ない)のだろうと思われます。

Aさんの救いは、相手の反応や雰囲気に違和感を感じたこと、そして、それを素直に相談されたことです。Aさんには「人は論理や合理性だけで動く訳ではなく、共感性も大切」ということをご理解頂いた後に、社員との対話のあり方と進め方を考えなおしていただきました。(どうでも良いことは意外とどうでもよくないということがお分かりいただけたようで嬉しかったです)

先日、ニュースでこんな記事を目にしました。

出社すると顔認証でセキュリティチェックされ、その時の表情によって心理的、身体的な状況をAIがチェックして上司にレポートするというサービスが開発され、間もなく利用可能になる。

このニュースを読んで「どんどん、便利になって良いね…」
とは、僕は全く思いません。

相手の表情から何を感じ、何を考えているのかを読み取ることは、コミュニケーションをとる上でとても大切なこと。相手の状況を察し、声をかけ、そこからコミュニケーションが始まる。このプロセスに手間を惜しむのは関係性を作り、保ち、深める上で必須ではないでしょうか。

それすら機械にまかせてしまう。

その先に幸せはないのではないだろうか・・・そのように思うのです。

有限会社ワイ・エー・エス
代表取締役 中村泰彦